徒然なる科学日記

日常で気になった現象を科学的な視点で解説します

ホタテは何故甘い???

ホタテ貝の甘みの謎

 ホタテ貝はと言えば大きな貝柱がとても美味しい貝です。刺身やバター焼きなどで食べるとたまりませんね。そんなホタテ貝の味の魅力といえば「甘み」だと思います。多くの人が感じていることだとは思いますが、ホタテ貝の貝柱の刺身にはほのかな甘みがあります。この甘み成分はいったい何でしょうか? 

 

糖が入っているの?

 一般的に甘みを感じさせる物質といえば糖類が有名です。ブドウ糖やショ糖、果糖などが有名ですね。ではホタテ貝にはこのような糖が含まれているのでしょうか?

 

 実はそういうわけではありません。文部科学省が運営する「食品成分データベース」からホタテ貝の貝柱に含まれる糖分を知ることができます。それによると生のホタテ貝100gに含まれる糖質は3.5 gだそうです。ここで注意が必要なのは糖質≠糖類であるということです。一般的に栄養表示に使用される糖質は炭水化物のことです。すなわちブドウ糖などのような単糖類からデンプンのような多糖類まで全て含めて糖質と呼んでいます。一方で糖類はブドウ糖やショ糖などのような単糖と二糖のみを含みます。甘みを感じることができるのは糖類のみになりますのでホタテの身に糖類が入っているかどうかが重要です。 

fooddb.mext.go.jp

 

ホタテ貝に含まれる糖質の種類

  食品成分データベースにはホタテに含まれる糖質がどのような物質であるか記載されていませんでした。そこで「国立研究開発法人 水産研究・教育機構」が発行している「Journal of Fisheries Technology」という雑誌の第7巻1項の報告をもとにホタテの糖質について考えていきます。実はホタテに含まれる糖質のほとんどはグリコーゲンと呼ばれる多糖類になります。グリコーゲンはブドウ糖が多数結合した物質であり、デンプンとほとんど同様の性質を示します。下の図は「高グリコーゲン含量のホタテガイから製造した乾貝柱の性状について」から引用したホタテの貝柱に含まれるグリコーゲンの割合を季節ごとにプロットした図になります。この論文では2013年にホタテ貝中のグリコーゲンが異常に増えたことを報告しているため、2003-2012年平均のデータは比較用として載せてあります。しかし、我々が興味があるのは平年のホタテ貝に含まれるグリコーゲンの量です。白抜きの〇のプロットを見るとおよそ0~4%の範囲で値が推移しいることが読み取れます。平均すると3%程度といったところでしょうか。

 先ほどの食品成分データベースによればホタテの糖質含有量は3.5%ですので、糖質のほとんどがグリコーゲンであることが分かります。よってホタテ貝には甘みを感じさせる単糖類や二糖類は入っていないことが分かりました。

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貝柱のグリコーゲン含有量の季節変化

 

www.fra.affrc.go.jp

では何故甘い?

 最初の問いに戻りますが、なぜホタテ貝は甘いのでしょう?Googleで「ホタテ貝 甘み」などのように検索するとホタテ貝の甘みの原因はグリコーゲンであるという記述がなされたページが大量にヒットします。しかし、グリコーゲンは多糖類であり甘みがありませんので、これらの情報は誤りであると考えられます。

 

 実はホタテ以外にも甘みを有する海産物は多く存在します。例えばエビやカニ、ウニなども強い甘みを持っています。エビやカニなどの甘み成分はアミノ酸の一種であるグリシンであるとされています。例えばwikipedia甘えび(ホッコクアカエビ)の記事を参照して下さい。

ホッコクアカエビ - Wikipedia

 

 グリシンがどの程度の甘みを持つかについては次の論文が参考になります。

A Basic Knowledge of Sweetness

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各種甘み物質の比較

これによりますと、グリシンはショ糖の90%程度の甘みを持つそうなのでかなり強い甘み物質であることが分かります。そしてホタテ貝の貝柱100gにはこの甘み成分であるグリシンが2000 mg(2 g)含まれています。この値は甘えびに含まれるグリシンの量とほぼ同等です。これらのデータについてはやはり食品成分データベースを参考にしました。(※ただし、タンパク質の構成成分として2000 mg含まれているのであって、必ずしも遊離アミノ酸として含まれている保証はないことに注意)

fooddb.mext.go.jp

 したがって、ホタテ貝の甘み成分はグリシンということで間違いないと思われます。

 

結論

ホタテやエビ、カニ、ウニなどの甘みの原因はグリシンというアミノ酸である。グリシンはショ糖の90%程度の甘みを有しており、ホタテ貝には約2%程度含まれている。